「地球が冷え始めている。」
「このまま気候が変われば、世界の食糧生産に深刻な影響が出るかもしれない。」
「そして、その先には新たな氷河期が待っている――?」
いま地球温暖化のニュースを見慣れている私たちからすると、耳を疑う話ですよね。
ところが時計を半世紀ほど巻き戻すと、これはネット上で後から作られただけの都市伝説ではありません。
1974年、TIMEは「Another Ice Age?」。
1975年、Newsweekは「The Cooling World」。
New York Timesにも「Major Cooling May Be Ahead」という見出しが登場しました。
1970年代、大手メディアに「地球寒冷化」や「新たな氷河期」を連想させる記事が本当に掲載されていたのです。
では、昔の科学者は本当に「地球は冷える」と考えていたのでしょうか。
ここから当時の論文、新聞記事、ホワイトハウス文書、CIA資料、石油企業の内部文書まで追ってみると、最初に思い描いていた景色は少しずつ崩れていきます。
科学界は寒冷化一色ではなかった。
米政府は1960年代からCO2温暖化を問題にしていた。
CIAは寒冷化した場合の食糧と国際政治を分析していた。
石油企業の内部でも温暖化研究が進んでいた。
さらに調べると、当時のメディアですら寒冷化だけを報じていたわけではありません。
すると最後に、別の疑問が残ります。
なぜ私たちは今、「1970年代はみんな氷河期が来ると言っていた」と記憶しているのでしょうか。
今回追いかけるのは、50年前の「未来予測」だけではありません。
その未来予測が、50年かけてどんな「過去の記憶」に変わっていったのか。
そこまで含めた話です。
「氷河期が来る!?」1970年代のメディアが描いた寒冷化する地球
まず1974年6月24日のTIMEを見てみましょう。
タイトルは、
「Another Ice Age?」
――「新たな氷河期?」。
記事では、アフリカの干ばつ、カナダの冷たく雨の多い春、洪水、異常に寒い冬など、世界各地で起きていた不安定な気象が並べられています。
そして科学者たちが、こうした一見バラバラな現象の背景に地球規模の気候変化があるのではないかと考え始めている、と紹介しました。
“a global climatic upheaval”
直訳すれば「地球規模の気候の激変」。かなり強い表現です。
出典:TIME「Another Ice Age?」(1974年6月24日)
当時の記事では、1940年代以降に見られた寒冷化傾向や雪氷の変化も紹介されました。
さらに、人間活動によって増える大気中の粉塵や粒子が太陽光を遮り、地球を冷やしている可能性まで論じています。
だから「新たな氷河期?」という見出しが、完全に何もないところから作られたわけではありません。
ただし本文を最後まで読むと、見出しほど話は単純ではありません。
寒冷化は一時的かもしれないと考える科学者も紹介され、原因についてはまだ分からないことが多いとされています。
そして当時、本当に差し迫った問題として恐れられていたのは、数百年後に巨大な氷河が都市をのみ込むことより、もっと身近なものでした。
食糧です。
気温や降水量が少し変わるだけでも、アメリカやカナダなど主要な穀物生産地域で収穫が落ちれば、世界の食糧供給は揺れます。
翌1975年4月、Newsweekに掲載された「The Cooling World」でも、冒頭から問題にされたのは食糧生産でした。
寒冷化。
不作。
食糧不足。
政治的不安定。
当時の「氷河期」は、単に寒い未来ではありませんでした。食べ物が足りなくなる未来と結びついていたのです。
ところが科学論文を調べると「寒冷化一色」ではなかった
TIMEやNewsweekの見出しだけ見れば、1970年代の科学者たちが地球寒冷化を予測していたように感じます。
ところが科学論文の棚を開けると、景色が違います。
2008年、Thomas C. Peterson、William M. Connolley、John Fleckは、1965〜1979年の査読済み科学文献を調査しました。
将来の気候予測を分類できた研究は、
| 方向 | 論文数 |
|---|---|
| 寒冷化 | 7本 |
| 中立・明確な予測なし | 20本 |
| 温暖化 | 44本 |
でした。
「1970年代の科学界には、差し迫った全球寒冷化のコンセンサスがあった」という説明とは合いません。
ただし、44対7だから「温暖化派の勝ち」と読むのも違います。
科学は多数決ではありません。
研究者によって使うデータも違えば、扱っている現象も違う。数十年後を見ている研究もあれば、氷期・間氷期という遥かに長い周期を見ている研究もあります。
さらに当時は、現在のような統合された気候科学が完成していたわけでもありません。
大気化学を研究する人。
CO2を研究する人。
エアロゾルを研究する人。
氷床や古気候を研究する人。
海洋を研究する人。
同じ地球を、それぞれ別の窓から見ていました。
だから重要なのは、
「誰が多数派だったか」より、「寒冷化を考えた人には何が見えていたのか」
です。
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寒冷化を研究した科学者たちは、本当に間違っていたのか
1970年代の研究者には、寒冷化を気にする理由がありました。
当時利用されていた気温記録、とくに北半球中心の解析では、1940年代以降しばらく気温上昇が停滞し、寒冷化傾向が示されていたからです。
現在では観測データの補正や全球的な再解析が進んでいますが、1970年代の研究者にとって「数十年続く寒冷化らしい傾向」は実際に説明すべき対象でした。
そしてもう一つ。
人間はCO2だけを大気へ出しているわけではありません。
産業活動によって、硫酸塩などのエアロゾルも増えます。
| 人間活動で増えるもの | 主な気候作用 |
|---|---|
| CO2などの温室効果ガス | 地球を暖める方向 |
| 硫酸塩など一部のエアロゾル | 太陽光を反射し、冷やす方向 |
つまり同じ工業化が、暖める力と冷やす力を同時に増やしていたんです。
1971年、S. I. RasoolとStephen H. SchneiderはScience誌で、CO2増加とエアロゾル増加の影響を計算しました。
論文ではCO2が表面温度を上昇させることを認めた一方、全球的な背景エアロゾル濃度が約4倍になれば、モデル上は最大約3.5Kの冷却が起こる可能性を計算しています。
そして、その冷却が数年間続いた場合について、次の表現を使いました。
“sufficient to trigger an ice age”
「氷河期を引き起こすのに十分」という意味です。
出典:Rasool & Schneider, Science「Atmospheric Carbon Dioxide and Aerosols: Effects of Large Increases on Global Climate」(1971年)
強烈な一文ですが、条件を外してはいけません。
「エアロゾルが全球で約4倍になる」というモデル上の条件付き計算です。
「数年後に氷河期が確実に来る」という予言ではありません。
しかも気候モデルもエアロゾルの理解も、現在より粗い時代でした。
それでも重要なのは、エアロゾルの冷却作用そのものは、現在の気候科学でも消えていないことです。
当時の研究者が見ていた「冷やす力」は架空ではありません。
問題は、その力がどれほど強く、どれほど長く続き、CO2の温暖化と比べて最終的にどちらが支配的になるかでした。
温暖化と寒冷化は、本当に正反対の予測だったのか?
ここで「温暖化派」と「寒冷化派」という二つの陣営を想像すると、話が少しおかしくなります。
象徴的なのが、Wallace S. Broeckerです。
1975年8月、BroeckerはScienceに、
「Climatic Change: Are We on the Brink of a Pronounced Global Warming?」
という論文を発表しました。
Newsweekの「The Cooling World」と同じ1975年です。
Broeckerは当時の寒冷化傾向そのものを否定していません。
彼が考えたのは、その寒冷化が自然変動による一時的なもので、その背後ではCO2の増加が続いている可能性でした。
“within a decade or so, give way to a pronounced warming”
現在の寒冷化傾向は「10年ほどのうちに、顕著な温暖化へ道を譲る」という予測です。
出典:Wallace S. Broecker, Science「Climatic Change: Are We on the Brink of a Pronounced Global Warming?」(1975年)
つまりBroeckerの中では、
「いま冷えている」
と、
「これから温暖化する」
が同時に成立していました。
矛盾していません。
時間軸が違うからです。
さらにBroeckerは後年、自分の予測を再検証し、自然変動の周期を推定した部分には問題があったと認めています。
結果的に温暖化転換の時期をよく当てたとしても、その理由のすべてが正しかったわけではない。
これも科学らしい話です。
予測が外れたからすべて間違いでもなく、当たったからすべて正しいわけでもない。
科学は「未来を当てる大会」ではなく、なぜそうなったかまで検証し続ける営みだからです。
複雑な科学は、なぜ「氷河期が来る」という物語になったのか
研究論文では条件や留保が付きます。
「この条件なら」
「このモデルでは」
「不確実性がある」
「別の要因が強ければ結果は変わる」
でも一般向けメディアは、それを短く伝えなければなりません。
そこで、
「複数の気候要因が異なる時間スケールで競合している」
より、
「Another Ice Age?」
のほうが見出しになります。
これは必ずしも捏造ではありません。
元になった科学には、本当に寒冷化の可能性がある。
ただし短くなるほど、
「可能性」が「予測」に、「条件付き」が「これから起こる未来」に見えやすくなる。
後年、「The Cooling World」を書いたPeter Gwynne自身も、当時の科学は存在した一方、記事の一部では踏み込みすぎたところがあったと振り返っています。
誰かが完全な嘘を作らなくても、情報は変形します。
科学者が100の情報を出す。
記者が20にまとめる。
編集者が見出しとして1を選ぶ。
読者は、その1を覚える。
そして50年後。
その1が「当時の常識」として引用される。
これだけでも、一つの歴史が作れます。
1970年代という時代そのものが「寒冷化」を怖くした
ただ、メディアだけでは説明が足りません。
なぜなら当時、「寒くなれば食糧が足りなくなる」という話には現実感があったからです。
1960年代後半からサヘルでは深刻な干ばつが続きました。
1972年前後には、ソ連、中国、インド亜大陸など複数の地域で不作が重なります。
ソ連は海外から大量の穀物を購入し、米国では後に「Great Grain Robbery」と呼ばれるほど市場へ大きな影響を与えました。
1972年には『成長の限界』も出版されます。
人口。
食糧。
工業生産。
資源。
汚染。
有限な地球で成長は続けられるのか、という問いが社会へ広がった時期です。
そして1973年にはオイルショック。
食糧だけでなく、エネルギーまで「いつでも買えるとは限らない」と世界が知りました。
1974年には国連の世界食糧会議まで開かれます。
この時代に、
「気候がさらに悪化したら?」
という話が出てきた。
ただのSFとして読めないのは当然です。
「氷河期」の恐怖を支えていたのは巨大な氷河の映像だけではなく、スーパーや市場から食糧が消えるかもしれないという恐怖でした。
しかし米政府は1965年にはCO2による温暖化を警戒していた
ここで時計を10年ほど戻します。
1965年。
ジョンソン政権の大統領科学諮問委員会は、『Restoring the Quality of Our Environment』という報告書をまとめました。
その中には「Atmospheric Carbon Dioxide」という章があります。
化石燃料燃焼によるCO2増加を扱い、2000年までの変化についてこう書いていました。
“By the year 2000 the increase in atmospheric CO2 will be close to 25%.”
そして、その増加は、
“measurable and perhaps marked changes in climate”
――「測定可能で、おそらく顕著な気候変化」を起こす可能性がある、としています。
出典:President’s Science Advisory Committee「Restoring the Quality of Our Environment」(1965年)
Newsweek「The Cooling World」の10年前です。
さらに1969年。
ニクソン政権のDaniel Patrick Moynihanは、John EhrlichmanへCO2についてメモを送っています。
“this very clearly is a problem”
「これは明らかに問題だ」。
そして、
“the Administration ought to get involved with”
「政権が関与すべきテーマだ」と書きました。
出典:Daniel Patrick MoynihanからJohn Ehrlichmanへのホワイトハウスメモ(1969年9月17日)
同メモでは温暖化や海面上昇についてかなり強い当時予測が紹介されています。
ただし、これは1969年時点の粗い推定です。現在の海面上昇予測と同じ精度の数値として読んではいけません。
しかもMoynihanは、大気中の塵が温度を下げ、CO2温暖化を相殺する可能性も書いています。
政府内部も「温暖化一本」で未来を見ていたわけではないんです。
そして1977年7月7日。
カーター大統領の科学顧問Frank Pressが、大統領本人へメモを送りました。
件名は、
「Release of Fossil CO2 and the Possibility of a Catastrophic Climate Change」
――「化石燃料由来CO2の放出と、壊滅的気候変化の可能性」。
PressはCO2が産業革命前より約12%増えており、60年以内に1.5〜2倍となる可能性、温室効果によって0.5〜5℃程度の温暖化が起こり得ると説明しています。
“could be catastrophic”
急速な気候変化の環境影響は「壊滅的になり得る」という表現です。
出典:Frank Press「Release of Fossil CO2 and the Possibility of a Catastrophic Climate Change」(1977年7月7日、大統領宛メモ)
ただしPress自身、即座に化石燃料を全面規制するだけの知識が揃ったともしていません。
危険性は見える。
でも規模と時期には不確実性がある。
政府はその曖昧な地点に立っていました。
そしてCIAは「寒冷化した世界」のその先を分析していた
1974年。
CIAのOffice of Political Researchは、
「Potential Implications of Trends in World Population, Food Production, and Climate」
という分析を作成しました。
ここで最初に大事な注意点があります。
この文書はCIA全体の公式見解ではありません。
米国務省が公開した文書にも、そのことが明記されています。
そのうえで中身を見ると、CIAが気候をどんな目で見ていたかが分かります。
彼らが気にしていたのは、気温そのものだけではありません。
もし寒冷化傾向が数十年続いたら、世界の食糧生産はどうなるのか。
ソ連や中国北部では生育期間が短くなるかもしれない。
モンスーン依存地域も打撃を受けるかもしれない。
世界で食糧が足りなくなったら、誰が輸出できるのか。
当時、米国は世界の純穀物輸出の約4分の3を担っていました。
報告書にはこうあります。
“an increase in US power and influence”
世界の米国産穀物への依存が強まれば、「米国の力と影響力が増す」可能性がある。
出典:CIA Office of Political Research「Potential Implications of Trends in World Population, Food Production, and Climate」(1974年8月)
さらに寒冷化シナリオでは、米国が世界の輸出可能穀物の大部分を握ることで、第二次世界大戦直後のような国際的優位を取り戻す可能性まで検討しています。
気候の資料を読んでいたはずなのに、いつの間にか「誰が食糧を握るのか」という話になっている。
ただし、この資料を「CIAは寒冷化を望んでいた」と読むのは飛躍です。
同じ報告書は、世界的食糧不足が深刻化すれば、飢えた強国が手段を選ばず穀物を求める可能性、大規模人口移動、政治・経済的不安定まで警戒しています。
寒冷化した世界は、アメリカにとって単純な利益ではありません。
確認できるのは、
「寒冷化した場合、食糧を持つ国の力関係まで変わり得るとCIA内部で分析されていた」
というところまでです。
CIAが寒冷化記事をメディアへ流した証拠は、今回確認できませんでした。
点は存在する。でも、それを結ぶ線だけが見つからない。
ここで都市伝説が生まれる――寒冷化で得をする者はいたのか?
ここまで資料が並ぶと、考えたくなります。
寒冷化という未来を人々に信じてもらったほうが、都合のいい誰かがいたのではないか。
いくつか仮説を分けてみます。
仮説1:メディアには「氷河期」のほうが伝えやすかった
これはかなり説明力があります。
複雑な不確実性より、短く強い見出しのほうが読まれる。
しかも元になる科学は存在する。
誰もゼロから嘘を作らなくても成立します。
仮説2:食糧不安が寒冷化の物語を増幅した
これも当時の社会状況とよく合います。
実際の干ばつ、不作、穀物危機、人口増加、エネルギー危機。
「寒冷化→食糧不足」というストーリーを受け入れる土壌がありました。
仮説3:穀物輸出国に地政学的利益が生まれる可能性があった
これはCIA資料に実際にあります。
ただし「災害が起きたら自国が有利になる」と分析することと、「その災害を起こしたい」「信じ込ませたい」は別です。
仮説4:寒冷化ならCO2を出す産業に都合がよかった?
論理だけなら魅力的です。
「地球が冷えるなら、化石燃料を燃やして暖めればいい」
そんな理屈があれば、石油や石炭産業には便利そうです。
ところが1970年代前半の実際の米国政策を見ると、Clean Air Actの強化やEPA設置が進み、煤やSO2など大気汚染物質を減らす方向へ動いていました。
1973年のエネルギー危機では規制緩和の動きもありましたが、それは寒冷化対策ではなく、エネルギー供給問題への対応です。
さらに、石油企業が1970年代前半の寒冷化報道を組織的に仕掛けた直接証拠も、今回の調査では確認できませんでした。
結局、巨大な秘密会議を置かなくても説明できる部分がかなりあります。
科学者には研究する理由があった。
メディアには報じる理由があった。
社会には恐れる理由があった。
情報機関には分析する理由があった。
黒幕がいなくても、異なる理由で情報が同じ方向へ集まることはある。
こちらのほうが、私は少し厄介だと思います。
さらに奇妙なことに、石油企業の内部では「温暖化」が研究されていた
では化石燃料を売る企業自身は、地球の未来をどう見ていたのでしょうか。
Exxonでは1970年代後半、CO2温暖化について本格的な内部研究が進み始めます。
1977年には科学顧問James F. Blackが経営陣に、化石燃料燃焼によるCO2増加と気候への影響を説明しました。
さらにExxonは、タンカーへ測定装置を載せ、大気と海洋のCO2を観測する研究まで始めます。
海がどれくらいCO2を吸収するのか。
大気中にはどれほど残るのか。
それによって将来の温暖化はどう変わるのか。
1979年のExxon資料には、研究目的の一つとして、
“assess the possible impact of the greenhouse effect on Exxon business”
つまり「温室効果がExxonの事業へ与える可能性を評価する」という趣旨が書かれています。
出典:Exxon「Greenhouse Gases/NOAA向け研究提案資料」(1979年)
環境問題であると同時に、経営問題だったわけです。
同年11月のExxon Research and Engineering社長Edward David Jr.の文書では、「greenhouse effect」をこう説明しています。
“a potential future global warming caused by the accumulation of CO2”
「CO2の蓄積によって引き起こされる、将来起こり得る全球温暖化」。
出典:Edward E. David Jr.からGeorge T. PiercyへのExxon内部メモ(1979年11月9日)
一方で別の1979年資料には、自然周期による短期的な寒冷化が続き、CO2温暖化が明瞭になるのはもっと後ではないか、という見方もありました。
企業内部ですら、
短期では寒冷化。
長期では温暖化。
という二つの時間軸が同居していたんです。
後世の研究では、Exxonが扱った温暖化予測の多くが、その後の実測値とかなり整合していたことも報告されています。
ただし、ここから1974年のTIMEや1975年のNewsweekをExxonへ結びつけることはできません。
年代も証拠も足りません。
「Exxonが温暖化を研究していた」は事実。「だから寒冷化報道もExxonが仕掛けた」は別の話です。
科学者・政府・情報機関・企業・メディア――本当に同じ未来を見ていたのか
ここで一度、登場人物を並べてみましょう。
| 立場 | 主に見ていたもの | 問い |
|---|---|---|
| 科学者 | 気候システム | 何が、なぜ起きるのか |
| 政府 | 政策リスク | いつ、どこまで備えるべきか |
| 情報機関 | 食糧・安全保障 | 国家間の力関係はどう変わるか |
| 企業 | 事業リスク | 将来の事業へ何が起きるか |
| メディア | ニュース | どうすれば社会へ伝わるか |
| 一般の読者 | 日常的に届く情報 | 自分たちの未来はどうなるか |
同じ地球について話している。
でも、同じ質問をしているわけではありません。
だから同じ資料を見ても、重要だと思う部分が変わります。
政府や企業、情報機関には、一般の読者が当時日常的には接することのできない内部資料がありました。
その意味で情報量には差があります。
ただし、
情報量に差があること
と、
真実を意図的に隠したこと
は同義ではありません。
今回の資料から「温暖化情報を隠し、寒冷化だけを一般人へ見せた」という一つの巨大計画は確認できませんでした。
それでも、「昔は氷河期と言っていた」という記憶は強く残っています。
なぜでしょうか。
ここで、さらに前提を一つ崩します。
ところが当時のメディアですら「寒冷化一色」ではなかった
科学史家Spencer Weartが1970年代の米国一般誌を調べたところ、気候関連記事は1970年代半ばに大きく増えました。
では、そのすべてが寒冷化記事だったのか。
違います。
1977年頃までは、寒冷化を警告する記事と温暖化を警告する記事が、おおむね並存していました。
そして1978年以降になると、温暖化記事がほぼ優勢になります。
さらに象徴的なのがNew York Timesです。
1975年5月21日。
Walter Sullivan。
「Major Cooling May Be Ahead」
――大規模な寒冷化が待っているかもしれない。
ところが、約3か月後。
1975年8月14日。
同じNew York Times。
同じWalter Sullivan。
「Warming Trend Seen in Climate」
――気候に温暖化傾向が見られる。
同じ新聞です。
記者まで同じです。
これは「科学者全員が3か月で意見を変えた」という話ではありません。
5月の記事の段階から、科学者の間で方向と原因が議論中であることは書かれていました。
8月には寒冷化予測へ異なる見方を提示する新しい論文がニュースになった。
当時の科学界に存在していた複数の未来を、メディアがその都度報じていたと見るほうが自然です。
ではなぜ、50年後の私たちには「氷河期」のほうが強く残っているのでしょうか。
私たちが知っている「1970年代の氷河期騒動」そのものが都市伝説だった?
ここで話は1970年代から現在へ移ります。
Newsweek「The Cooling World」は本当に存在します。
ただし、よく語られるイメージと一つ違うことがあります。
表紙記事ではありません。
誌面内部、64ページに掲載された短い記事でした。
TIME「Another Ice Age?」も同様に、氷河期を表紙で大々的に打ち出した記事ではありません。
それだけでも、
「記事が存在した」
と、
「大手誌が表紙で社会全体へ氷河期パニックを煽った」
ではかなり違います。
さらにネット上では長年、TIMEの表紙らしき画像が出回りました。
ペンギンの写真。
そして、
「How to Survive the Coming Ice Age」
――来たる氷河期をどう生き延びるか。
いかにも「昔はTIMEまで氷河期を煽っていた」という証拠になりそうです。
ところが、この1977年TIME表紙は存在しません。
偽物です。
後年のTIME表紙を加工して作られた画像でした。
ここが非常に象徴的です。
偽物なのに信じられたのではありません。
半分、本物だったから信じられた。
TIMEには本当に「Another Ice Age?」がある。
Newsweekには本当に「The Cooling World」がある。
寒冷化を研究した科学者も本当にいる。
そこへ、それらしい表紙が一枚加わる。
物語にぴったり合うので、疑いにくい。
都市伝説は、事実の反対側ではなく、事実のすぐ隣で育つことがあります。
一本の記事が時代全体の象徴になる。
何度も引用される。
条件や反対意見が落ちる。
そして「当時はみんなそう思っていた」という記憶へ変わる。
もしかすると私たちが追いかけていた都市伝説は、1970年代に作られたものだけではありません。
その後50年間かけて作られた「1970年代像」も含まれているのかもしれません。
さらにややこしい――実は私たちは今も「氷河時代」にいる
ここまで何度も「氷河期が来る」という言葉を使ってきました。
でも地質学的に見ると、この言葉自体にも罠があります。
現在の地球も、巨大な極域氷床を持つ長期的な「氷河時代」の中にあります。
より正確には、約258万年前から続く第四紀では、大規模な氷床が拡大する「氷期」と、比較的暖かい「間氷期」が繰り返されてきました。
現在はその間氷期、完新世です。
| 言葉 | 意味 |
|---|---|
| 氷河時代 | 大規模な氷床が長期的に存在する非常に長い地質学的時代 |
| 氷期 | 氷床が大きく拡大する寒冷な時期 |
| 間氷期 | 氷期と氷期の間にある比較的暖かい時期 |
約2万年前の最終氷期最盛期には、大量の水が陸上の氷として固定され、世界平均海面は現在より約125m低かったとされています。
そこから氷床が縮小し、約1万1700年前から現在の完新世へ入ります。
だから、
- 数百万年規模では「氷河時代」
- 数万年規模では「間氷期」
- 近代以降の数十〜数百年では「温暖化」
が同時に成立します。
また時間軸です。
今回の話を追うと、何度も同じ罠に戻ってきます。
時間尺度の違う二つの事実を、「どちらが正しい?」と戦わせると、真逆の話に見えてしまう。
「氷河時代なのに温暖化はおかしい」も、「1970年代は寒冷化だったから現在の温暖化研究はおかしい」も、まず時間軸と問いを確認しなければ判断できません。
なお、氷河時代ではないもっと暖かい地球、北極圏をラクダが歩いていた時代、日本列島がどんな気候だったのかについては、それだけで一本の記事になるので別の記事で扱います。
でも、ここで話を終えると一つ大きな謎が残ります。
「氷河期が来る」と言われていた私たちは、実はその時点ですでに広い意味では氷河時代の中にいました。
では――。
氷河時代の外側にある地球とは、いったいどんな世界なのでしょうか。
約2万年前には巨大氷床。
約300万年前前後には北極圏の森林と大型ラクダ類。
さらに約5000万年前まで戻ると、高緯度北極圏にワニ類まで現れます。
現在を「普通の地球」だと思っている感覚が少し揺らぐ話を、こちらの記事で詳しく追っています。
実は今も「氷河時代」だった――2万年前・300万年前・5000万年前の地球を比べると“普通の気候”が分からなくなる

よくある疑問を整理すると、さらに謎が見えてくる
1970年代の科学者は本当に「氷河期が来る」と予測していた?
一部の科学者は寒冷化や次の氷期を真剣に研究していました。しかし科学界全体の総意ではありません。
1965〜1979年の科学文献を後世に調査した研究では、寒冷化7本に対して温暖化44本でした。
「誰も寒冷化を研究していなかった」も、「みんな氷河期を予測していた」も正確ではありません。
なぜ寒冷化から温暖化へ予測が変わった?
科学界全体がある日突然、寒冷化から温暖化へ転向したわけではありません。
1970年代にも温暖化研究は存在しました。観測データ、モデル、CO2やエアロゾルへの理解が増えるにつれ、長期的には温室効果ガスの温暖化作用が支配的になるという研究の重みが増していきました。
寒冷化を研究した科学者は間違っていた?
近い将来に全球寒冷化が支配的になるという予測は実現しませんでした。
ただし、エアロゾルに冷却作用があることや、自然変動によって短期間寒冷化が起こり得ること自体は現在も認められています。
「冷やす作用がある」が間違いだったのではなく、その強さや持続期間の見積もりが問題だった研究もあります。
CIAは氷河期を予測していた?
1974年、CIA内部の一部門は寒冷化が数十年続いた場合の深刻なシナリオを分析していました。
ただしCIA全体の公式見解ではなく、「氷河期到来を確定予言した」文書でもありません。
CIAが寒冷化説をメディアへ流した?
今回確認した資料では、その直接証拠はありません。
寒冷化時に米国の食糧輸出力が政治的影響力につながるという分析は存在します。しかし、それと寒冷化報道の流布をつなぐ資料は確認できません。
石油会社は1970年代に地球温暖化を知っていた?
少なくともExxonでは1970年代後半から、CO2温暖化について経営上の意味も含めた本格的研究が進んでいました。
ただし、それを1974〜75年の寒冷化記事と直接つなぐ証拠はありません。
Newsweekは「氷河期」を表紙で煽っていた?
「The Cooling World」は実在しますが、表紙記事ではありません。
またネットで有名なTIME「How to Survive the Coming Ice Age」という1977年表紙は偽物です。
今も氷河時代なら、地球温暖化と矛盾しない?
矛盾しません。
地質学的な数百万年規模の分類と、近代以降の数十〜数百年の温度変化では、見ている時間尺度が違います。
次の本格的な氷期はいつ来る?
「○年後」と確実に断定できません。
自然な軌道要因だけでなく、現在は人為的な温室効果ガスという要因も重なっています。
少なくとも「次の氷期が目前まで迫っている」と単純に扱える話ではありません。
「氷河期予言」の謎は、まだ終わっていない
最初の問いは単純でした。
「昔の科学者は、本当に氷河期が来ると言っていたのか?」
答えは出ています。
寒冷化研究は本当にあった。
寒冷化報道も本当にあった。
でも科学界全体の総意ではなかった。
政府は温暖化も警戒していた。
企業も温暖化を研究していた。
メディアにすら温暖化記事と寒冷化記事の両方があった。
そして後世になると、実在した寒冷化記事へ「表紙だった」「みんな信じていた」という記憶が付け加わり、偽のTIME表紙まで混ざりました。
本物の歴史を核にして、実物より大きな「1970年代の氷河期物語」が育った。
では誰が作ったのでしょうか。
CIAでしょうか。
石油会社でしょうか。
メディアでしょうか。
今回の調査から「巨大な黒幕が世界へ氷河期を信じ込ませた」という証拠は出ませんでした。
むしろ、もっと厄介な構造が見えます。
科学者が研究テーマを選ぶ。
政府が政策リスクを選ぶ。
情報機関が安全保障シナリオを選ぶ。
企業が経営課題を選ぶ。
記者が記事を選ぶ。
編集者が見出しを選ぶ。
読者が覚える言葉を選ぶ。
後世の人間が、歴史の代表として残す記事を選ぶ。
黒幕がいなくても、「選ばれた未来」は生まれる。
そして、この話を1970年代だけの問題として笑うこともできません。
私たちも今、ニュースを見ています。
SNSを見ています。
専門家の発言を見る。
政府発表を見る。
企業の発表を見る。
検索結果を見る。
アルゴリズムが選んだ投稿を見る。
そこから「未来はこうなる」と想像しています。
でも私たちが見ているのは、世界に存在する情報のすべてではありません。
2070年代の誰かが2020年代を調べるときも、同じことが起きるでしょう。
数本の刺激的な記事。
何度も転載された画像。
専門家の短いコメント。
それだけを並べて、
「50年前の人類は、みんなこう信じていた」
と書くかもしれません。
その記事を私たちが読めたら、たぶん言うはずです。
「いや、そんな単純な時代じゃなかった」と。
おそらく1970年代の人々も同じでしょう。
科学には複数の未来があった。
社会にも複数の未来があった。
でも記憶には、一つの分かりやすい物語が残った。
今回の調査で、氷河期予言の謎が全部解けたわけではありません。
むしろ最後に、最初より大きな問いが残りました。
1970年代の人々が見ていた未来は、誰が作ったのでしょうか。
そして私たちが信じている「1970年代の姿」は、誰が作ったのでしょうか。
さらに言えば――。
いま私たちが当然のように見ている「未来」は、いったい誰が選んだ未来なのでしょうか。
答えは、まだ出ていません。
たぶん、この話はそこからが本番です。
参考リンク
この記事では、1970年代当時の科学論文、米政府文書、CIA資料、企業内部資料、雑誌記事などを確認し、事実と仮説を分けて記載しています。原資料を確認したい方は、以下のリンクから参照できます。
当時の科学論文
- S. I. Rasool & Stephen H. Schneider「Atmospheric Carbon Dioxide and Aerosols: Effects of Large Increases on Global Climate」Science(1971年)
CO2による温暖化とエアロゾルによる冷却を計算し、一定条件下での大幅な寒冷化可能性を論じた論文。 - Wallace S. Broecker「Climatic Change: Are We on the Brink of a Pronounced Global Warming?」Science(1975年)
当時観測されていた寒冷化傾向が、CO2による顕著な温暖化へ転じる可能性を論じた論文。
1970年代のメディア記事
- TIME「Another Ice Age?」(1974年6月24日)
1970年代の寒冷化報道を代表する実在記事。寒冷化傾向、異常気象、エアロゾル、食糧への影響などを扱っている。
※Newsweek「The Cooling World」(1975年4月28日)は実在する記事ですが、今回確認できた範囲では、長期運用が期待できるNewsweek公式の原記事ページを確認できませんでした。そのため、参考リンク一覧では非公式転載ページへ直接リンクせず、書誌情報のみ本文中に記載しています。
米政府・ホワイトハウス文書
- President’s Science Advisory Committee「Restoring the Quality of Our Environment」(1965年)
ジョンソン政権の大統領科学諮問委員会報告。化石燃料による大気中CO2増加と将来の気候変化を論じている。National Security Archiveによる原資料公開ページ。 - Daniel Patrick MoynihanからJohn Ehrlichmanへのホワイトハウスメモ(1969年9月17日)
CO2問題をニクソン政権が関与すべき問題として提起した文書。原文PDFとOCRを確認できる。 - Frank Press「Release of Fossil CO2 and the Possibility of a Catastrophic Climate Change」(1977年7月7日)
カーター大統領宛の科学顧問メモ。化石燃料由来CO2と急速な温暖化の潜在的影響について記載した米政府文書のスキャン。
CIAの気候・食糧分析
- CIA Office of Political Research「Potential Implications of Trends in World Population, Food Production, and Climate」(1974年)
寒冷化などの気候変化が世界の食糧供給、人口移動、政治的不安定、米国の穀物輸出と国際的影響力に与える可能性を分析した資料。米国務省Office of the Historianによる公開版。
Exxonの内部気候研究資料
- Exxon「1979 Exxon Report on Greenhouse Effect for NOAA」(1979年)
ExxonがNOAAとの研究協力を検討した資料。温室効果がExxonの事業へ与える可能性の評価や、タンカーを利用したCO2観測計画について確認できる。 - Edward E. David Jr.からGeorge T. PiercyへのExxon内部メモ「GREENHOUSE EFFECT Program」(1979年11月9日)
CO2蓄積による将来的な全球温暖化について、Exxon Research and Engineering社長が社内幹部へ説明した文書。 - Climate Files「Exxon関連気候文書コレクション」
1970年代以降のExxon・石油業界関連のCO2、温室効果、気候研究文書を年代順に確認できる資料索引。
「1970年代は寒冷化コンセンサスだったのか」を検証した研究
- Thomas C. Peterson, William M. Connolley, John Fleck「The Myth of the 1970s Global Cooling Scientific Consensus」(2008年)
1965〜1979年の査読済み科学文献を調査し、1970年代に差し迫った全球寒冷化が科学界のコンセンサスだったという見方を検証した論文。 - Spencer Weart「The Public and Climate Change」American Institute of Physics
気候科学が一般社会やメディアへどのように伝えられてきたかを扱う科学史資料。1970年代の寒冷化・温暖化報道の変化についても整理されている。
氷期・間氷期と海面変動
- U.S. Geological Survey「Sea Level and Climate」
氷期・間氷期と海面変動を解説するUSGS資料。最終氷期最盛期には世界平均海面が現在より約125メートル低かったことなどを確認できる。
参考リンクを読む際の注意
1970年代の資料には、現在では修正された推定や、当時の限られた観測データ・気候モデルに基づく予測も含まれています。
そのため本記事では、古い資料に書かれている内容を「現在でも正しい科学的結論」として引用するのではなく、「当時、科学者・政府・情報機関・企業が何を知り、どんな未来を検討していたのか」を確認する一次資料として使用しています。
また、資料に寒冷化・温暖化・食糧危機・国家利益などの記述が同時に存在すること自体は、それらを一つの計画や情報操作で結びつける証拠にはなりません。本文では、資料から確認できる事実と、その先の仮説を区別しています。

