PR
スポンサーリンク

ネパール洪水で水力発電所に何が起きた?トンネルに数百人、救助が難航する理由を解説

ニュース
記事内に広告が含まれています。

ネパールと中国・チベット自治区の国境周辺を襲った大洪水で、発生から1週間が過ぎても捜索が続いています。

今回の災害では住宅や道路、橋だけではなく、Trishuli川周辺に集中する水力発電施設も大きな被害を受けました。

なかでも9月2日時点で厳しい捜索が続いているのが、山の内部へ延びる水力発電所のトンネルや地下発電施設です。

  • 当初、約900人規模の水力発電所作業員が安否確認対象に
  • 9月2日時点で279人救助、639人がなお安否不明
  • 約500人がトンネル・地下施設内にいた可能性
  • 少なくとも12の水力発電プロジェクトが被災

 

ただし、「約500人がトンネル内」という数字だけを見て、500人全員が同じ狭い坑道に閉じ込められていると考えるのは正確ではありません。

ネパールの大規模水力発電所には、川から取り込んだ水を何kmも運ぶ導水トンネルや、工事車両が通れるアクセス坑道、山の内部に造られた地下発電所などがあり、建設中の施設では多数の作業員が複数の地下区画で働いています。

さらに、安否不明となっている人たちの現在地がすべて確認されているわけでもありません。

今回の救助を難しくしているのは、「地下に人がいる」ということだけではなく、その人たちがいる可能性のある場所へ続く道路、入口、トンネルそのものまで洪水で壊されていることです。

この記事では、なぜ水力発電所の地下にこれほど多くの作業員がいたのか、発電所のトンネルはどんな構造なのか、なぜドローンや重機を投入しても救助が難しいのかを順番に掘り下げます。

さらに後半では、ネパールがなぜ水力発電へ大きく依存しているのか、今回の洪水が国全体の電力供給にどこまで影響したのかまで見ていきます。

 

ネパール洪水で水力発電所に何が起きた?9月2日の最新状況

水力発電所の被害を理解する前に、まず現在報じられている数字を一度整理しておきましょう。

今回のニュースが少し分かりにくいのは、「約900人」「約500人」「279人」「639人」という異なる数字が同時に使われているためです。

これらは、同じ人たちを同じ基準と同じ時点で数えた数字ではありません。

災害直後には、水力発電施設で働いていた人のうち約900人規模について安否確認が必要とされました。

そこから救助や勤務名簿との照合が進み、9月2日時点の報道では279人が救助され、639人がなお安否不明とされています。

一方、「約500人」という数字は、その639人全員と同じ意味ではありません。

これは洪水発生時に、複数の水力発電施設にあるトンネルや地下設備の内部にいた可能性がある人の規模として報じられてきた数字です。

「約900人」は当初の安否確認対象、「279人」はその後に救助された人、「639人」は9月2日時点でも安否が確認されていない人、「約500人」はトンネル・地下施設内にいた可能性があるとみられた人で、それぞれ意味が違います。

数字 何を示しているのか
約900人 洪水発生後、水力発電施設で当初安否確認が必要とされた作業員の規模
279人 9月2日までに水力発電施設から救助されたと報じられている人数
639人 9月2日時点でも水力発電施設関係で安否が確認されていない人数
約500人 洪水発生時に複数のトンネルや地下施設内にいた可能性があるとみられた人数

この違いを最初に押さえておくと、ニュースを追ったときに「900人いたはずなのに、なぜ639人になったの?」「500人はどこへ行ったの?」と混乱しにくくなります。

当初約900人の安否確認から、279人救助・639人安否不明へ

大洪水が発生した直後、被災した水力発電施設では、そもそも誰が無事で誰と連絡が取れないのかを確認すること自体が難しい状態になりました。

発電所や建設現場では正社員だけではなく、建設会社、下請け企業、技術者、重機オペレーター、トンネル工事関係者など多数の人が働いています。

そこへ洪水が襲い、道路、通信、発電設備、宿舎などが同時に壊れれば、勤務名簿に名前がある人がその瞬間どこにいたのかをすぐ確認できるとは限りません。

そのため災害直後に報じられた「約900人」という数字は、900人全員について「洪水に流された」「トンネルに閉じ込められた」と確認した人数ではなく、まず安否を確認しなければならない人の規模として見る必要があります。

そこから救助活動と名簿の照合が進み、9月2日時点では279人が救助され、639人について安否確認が続いています。

この数字も最終確定ではありません。

通信が回復して無事が確認される人が出る可能性がある一方で、地下施設や洪水で埋まった区域、下流での捜索が続いているため、人数や分類は今後も変わる可能性があります。

災害直後の「行方不明」という言葉には、「どこにいるか分からない」「通信できない」「最後の勤務場所から戻っていない」といった複数の状態が含まれるため、時間の経過とともに数字が動くこと自体は不自然ではありません。

少なくとも12の水力発電プロジェクトが洪水の直撃を受けた

水力発電施設でこれほど多くの作業員の安否確認が必要になった背景には、被害を受けたプロジェクトの多さがあります。

9月2日までの報道では、洪水の影響を受けた主要な水力発電プロジェクトは少なくとも12か所にのぼります。

その内訳は、稼働中の発電所が7か所、建設中が4か所、試験運転中が1か所とされています。

施設の状態 被災したプロジェクト数
稼働中 7か所
建設中 4か所
試験運転中 1か所
合計 少なくとも12か所

これらの施設を合わせた設備容量は約670MWとされています。

ここで注目したいのが、12か所すべてが完成して通常運転していた発電所ではないことです。

建設中のプロジェクトでは、完成した発電所よりも多くの建設作業員や土木技術者、重機オペレーター、施工会社のスタッフが現場へ入っていることがあります。

山を掘って長い導水トンネルを造り、地下発電所を建設している段階なら、地上の管理棟だけではなく山の内部そのものが巨大な工事現場になります。

今回「水力発電所で約900人規模の安否確認」という数字が出たのは、一つの発電所に900人がいたからではなく、Trishuli川周辺などに点在する多数の発電・建設プロジェクトが同時に洪水へ襲われたためです。

「約500人がトンネル内」は、500人の位置を確認できたという意味ではない

今回の報道で最も誤解されやすいのが、「約500人がトンネル内」という表現です。

これだけを読むと、救助隊がトンネル内部に500人いることを把握していて、入口だけを開けられずにいるようにも受け取れます。

現時点では、そこまで位置を確認できているわけではありません。

水力発電施設では洪水発生時に多数の作業員がトンネルや地下発電所などで勤務していたとみられますが、洪水後は通信が途絶え、出入口も泥や瓦礫で塞がれています。

そのため、名簿や勤務場所、最後に確認された位置などから「地下施設内にいる可能性がある」と考えられている人がいる一方で、洪水に流された可能性や、別の場所へ避難している可能性を排除できないケースもあります。

約500人という数字は「500人の生存位置がトンネル内で確認された」という意味ではなく、「洪水発生時の勤務状況などから、複数の地下施設内にいた可能性がある人が多数いる」という段階の情報です。

なお、今回の洪水そのものの原因、死者・行方不明者、日本人5人の安否、8月28日の第二波など、災害全体の経過については親記事で時系列に整理しています。

ネパール洪水の最新情報|死者1000人超、日本人5人の安否・原因・第二波・救助状況を解説

なぜ約500人が「トンネル内にいる可能性」とされたのか

ここからは、数字そのものではなく、「なぜ水力発電所の地下にこれほど多くの人がいたのか」を見ていきます。

ニュースだけを見ると、洪水が迫ったため何百人もの人が一斉にトンネルへ逃げ込んだようにも感じますが、実際にはそれだけではありません。

ネパールの大規模水力発電所では、建設中から多数の作業員や技術者が日常的に地下へ入り、トンネルや地下発電所そのものを造っています。

「地下に多くの人がいた可能性」の背景には、災害時だけ人が集まったのではなく、そもそも大規模水力発電所の建設そのものが数百人規模の地下作業を伴う巨大工事だったという事情があります。

トンネルは普段から人が働く巨大な工事現場

水力発電所というと、川沿いの建物に発電機が置いてあり、水が流れてタービンを回しているような姿を想像しがちです。

ところが山岳地帯の大規模水力発電所では、地上に見える設備だけで工事が完結するわけではありません。

山の内部へ長いトンネルを掘り、地下に大きな発電設備を造り、その周辺へ人や大型機械が通れる通路まで整備します。

建設中なら、そこは発電所というより巨大な地下土木工事現場に近い場所です。

トンネル掘削だけでも、実際にはさまざまな仕事があります。

  • トンネルを掘り進める掘削班
  • 岩盤や壁面を補強する作業員
  • コンクリートを施工する作業班
  • 大型重機を操作するオペレーター
  • 掘削位置や高低差を確認する測量スタッフ
  • 電気・通信・換気設備を整備する技術者
  • 配管や水路設備を施工する作業班
  • 品質や安全を確認する現場管理者

さらに地下発電所を建設する段階になると、タービン、発電機、配管、制御設備など、それぞれ専門の施工班が加わります。

複数の工区で作業が同時に進めば、一つのプロジェクトだけでも相当数の人が地下へ出入りすることになります。

「発電所なのにどうしてそんなに人がいるの?」という疑問は、完成後の発電所ではなく「山の内部に巨大インフラを建設している途中」と考えると、かなり理解しやすくなります。

作業員は一か所に集まっていたわけではない

もう一つ大切なのが、地下にいた可能性のある人たちが、一つの空間へ全員集まっていたわけではないという点です。

大規模な水力発電施設では、トンネルの掘削地点、地下発電所、アクセス坑道、設備室など、複数の作業場所があります。

同じプロジェクトでも、数km離れた別の工区で作業している人がいることがあります。

さらに今回の洪水では、複数の水力発電プロジェクトが同時に被災しました。

そのため「約500人」という数字は、一つのトンネルの同じ区画へ500人がいたという話ではなく、複数の発電所、複数の地下施設、複数の作業区間を合わせた規模として見る必要があります。

この違いは救助にも影響します。

一つの大部屋に全員いるなら、その場所へ到達できれば一度に安否を確認できます。

実際には地下空間が広く分散しているため、「誰がどの工区にいたのか」を一人ずつ確認しながら捜索場所を絞る必要があります。

洪水発生時に作業中だった人と、退避した可能性のある人は分けて考える

「なぜトンネルにいたのか」という理由についても、一つに決めつけないほうが正確です。

もともと地下が勤務場所だったため、洪水発生時点ですでにトンネルや地下施設で作業していた人がいた可能性があります。

一方で、洪水が迫ったときに屋外より頑丈に見える地下施設へ移動した人がいた可能性も報じられています。

ただし、約500人すべてについて「洪水から逃げるためトンネルへ避難した」と確認されているわけではありません。

作業中だった人、勤務予定が地下だった人、避難した可能性がある人を分けて考える必要があります。

この違いは現在地を推定するときにも重要です。

作業中だった人なら、その日の作業区間や担当設備が手掛かりになります。

一方、避難行動を取った人の場合は、洪水が来た方向や使えた通路を考えながら、どこへ移動した可能性があるのかを推定しなければなりません。

「トンネル内にいた可能性」という言葉の裏には、誰が、どの施設で、何をしていて、その後どの方向へ動いたのかを逆算する難しい捜索があります。

そして、この人数のイメージをさらに理解するには、水力発電所の地下が実際にどれほど大きいのかを知る必要があります。

次の章では、導水トンネル、アクセス坑道、地下発電所がどうつながっているのかを、実際のプロジェクトの規模と一緒に見ていきます。

水力発電所のトンネルとは?山の中に巨大な発電設備がある

ここまで何度も「トンネル」「地下発電所」という言葉が出てきましたが、その内部構造を知らないと、今回の救助がなぜこれほど難しいのかはなかなか見えてきません。

水力発電所の地下は、一本の細い穴だけでできているわけではありません。

水を運ぶトンネル、人や機械が出入りする坑道、水圧を調整する設備、さらにタービンや発電機が置かれる巨大な地下空間までが山の内部でつながっています。

今回の救助で問題になっている「トンネル」は、単なる避難通路ではなく、水力発電所そのものを成立させる巨大インフラの一部です。

川の水は「山の中」を通って発電所へ送られる

大規模な山岳水力発電所の仕組みをかなり単純化すると、水は次のような順番で流れます。

  1. 川から発電に使う水を取り込む
  2. 導水トンネルで山の内部を通す
  3. サージタンクなどで水圧の急変を調整する
  4. 圧力水路を通して水を低い位置へ落とす
  5. 地下発電所でタービンを回す
  6. 発電後の水を放水路から川へ戻す

ネパールでは、川の流れの一部を取り込んで発電へ使うRun-of-River型の水力発電所が多く造られています。

川から取り込んだ水をその場ですぐ発電に使うのではなく、岩盤を掘って造った導水トンネルへ送り、発電に適した場所まで運びます。

水力発電では、水量だけでなく「どれだけ大きな高低差を使えるか」が発電能力に大きく関わります。

山の斜面に沿って川が大きく曲がっている場合でも、山の内部をトンネルでショートカットすれば、より効率よく高低差を利用できる場合があります。

導水トンネルは、山を迂回して流れる川の水を発電地点まで運ぶ「水の地下高速道路」のようなものと考えるとイメージしやすいです。

サージタンクは急激な水圧変化から設備を守る

長い導水トンネルの途中や先には、サージタンクと呼ばれる設備が設けられることがあります。

これは単純に水をためておく貯水槽ではありません。

発電所でタービンへ流す水量を急に変えると、長いトンネル内部を流れている大量の水も急には止まれません。

そのままでは配管や設備へ大きな圧力がかかることがあります。

サージタンクは、こうした急激な水圧変化を逃がし、設備へかかる負担を調整する役割を持っています。

大規模な山岳発電所では、このサージタンク自体が山の内部や山腹に造られた巨大な縦穴や空間になることもあります。

つまり地下施設は、横へ延びる一本のトンネルだけではなく、縦方向の空間や複数の通路が立体的につながった構造になっています。

地下発電所は「小さな機械室」ではなく巨大なホール

導水トンネルで運ばれた水は、最後に大きな高低差を使って発電所へ送られます。

その発電所自体が、山の内部に造られているケースがあります。

地下発電所にはタービン、発電機、制御設備、クレーン、配管など大型の機械が並ぶため、人ひとりが通れる程度の空間ではありません。

今回大きな被害を受けたUpper Trishuli-1では、公式事業資料によると、地下発電所の空間はおよそ長さ90m、幅18.7m、高さ43.9mという規模で計画されています。

これほど大きな地下空間へ発電機やタービンを設置し、点検や施工を行うため、複数の作業員や大型設備が地下へ出入りします。

地下発電所まで人や車両、機材を運ぶために、導水トンネルとは別にアクセス坑道が設けられる場合もあります。

水力発電所の地下には、「水が通る道」と「人や機械が通る道」、さらに発電設備そのものが置かれる巨大空間が共存しています。

Upper Trishuli-1は約9.7kmの導水トンネルを持つ

今回の被災プロジェクトの中でも、地下設備のスケールを想像しやすいのがUpper Trishuli-1です。

Upper Trishuli-1は216MWの発電能力を持つ大規模プロジェクトで、公式資料では導水トンネルの長さが約9.7km、直径が約6.5mとされています。

直径約6.5mという数字からも、人がかがんで進むだけの坑道ではないことが分かります。

大型の地下工事を前提とした空間で、施工中には複数の作業区間で別々の作業が進められます。

一方で、約9.7kmという長さは救助側から見ると非常に大きな数字です。

仮にトンネル入口へ入れたとしても、安否を確認したい場所が何kmも先なら、そこまでの全区間について浸水、泥、岩、崩落、換気、通信などを確認しながら進まなければなりません。

しかも内部が一本の直線とは限らず、工事用のアクセス坑道や設備へつながる通路が分岐している可能性があります。

約9.7kmという長さを知ると、「トンネル入口へ入れた」というニュースと、「地下発電所や作業区間へ到達できた」というニュースがまったく別物だと分かります。

Rasuwagadhiにも4km超の導水トンネルと地下発電所がある

こうした巨大な地下設備は、Upper Trishuli-1だけの特殊な例ではありません。

今回被害を受けたRasuwagadhi Hydroelectric Projectも111MWの発電能力を持つ水力発電施設で、事業者資料では導水トンネルの長さが約4185mとされています。

こちらも4kmを超える長さです。

洪水後には救助隊がRasuwagadhiのトンネル内部へ入り、捜索が行われました。

その後の報道では、トンネル内部の捜索を終えたものの人は確認されなかったとされており、安否不明者が実際にどの場所へ移動したのかという別の問題が残っています。

この事例からも、「トンネル内にいる可能性がある」とされた人が、実際にそのまま同じ場所で確認できるとは限らないことが分かります。

水力発電所の構造を知ると「入口を掘ればいい」が通用しない理由が見えてくる

ここまでの構造を簡単に整理すると、水力発電所の地下には役割の違う複数の設備があります。

設備 主な役割
取水口 川から発電に使う水を取り込む
導水トンネル 取り込んだ水を山の中を通して発電所方向へ運ぶ
サージタンク 急激な水圧変化を調整する
圧力水路 高い場所から低い場所へ水を送り、発電に必要な水圧を作る
地下発電所 タービンと発電機で水のエネルギーを電気へ変える
アクセス坑道 人、車両、機材を地下施設へ運ぶ
放水路 発電に使った水を川へ戻す

今回のような巨大洪水では、この中の一か所だけが被災するとは限りません。

入口、通路、発電設備、地上へのアクセス道路などが同時に影響を受ける可能性があります。

そのため、「地下にいる可能性がある人を探す」という作業も、一本のトンネルを端から端まで歩けば済むような捜索ではありません。

どの施設にいたのか、どのルートが残っているのか、泥がどこまで入っているのか、空気が通っている空間が残っているのかを一つずつ確認する必要があります。

発電所の構造を知れば知るほど、今回の救助が「入口を見つける作業」ではなく、「巨大な地下インフラの中で生存者がいる可能性のある空間へ、安全なルートを一からつなぎ直す作業」に近いことが見えてきます。

そして実際の現場では、その地下施設へ入る前に、発電所まで向かう道路や橋そのものが壊されています。

次の章では、「入口の場所が分かっているのに、なぜ救助が進まないのか」という疑問へ焦点を移し、道路寸断、泥、巨石、浸水、崩落がどのように救助を止めているのかを具体的に見ていきます。

 

なぜ救助が進まない?入口を掘れば終わりではない

水力発電所の地下構造が分かると、「トンネルの場所まで分かっているのに、どうしてもっと早く助けられないの?」という疑問が次に出てきます。

今回の現場で厄介なのは、救助隊が地下へ入る前の段階からすでに複数の障害が重なっていることです。

発電所へ向かう道路や橋が壊れ、トンネル入口には泥や巨石が押し寄せ、その奥では通路そのものが閉塞している場所があります。

今回の救助は「入口を一か所掘れば中へ入れる」という作業ではなく、発電所へ行く道をつなぎ直し、地下への入口を確保し、その先の通路を一つずつ安全確認しながら進む何段階もの救助になっています。

まず発電所そのものへ近づけない

ニュース映像ではトンネル入口の泥や巨石へ目が向きますが、救助側から見ると、その前に大きな問題があります。

重機や救助要員を発電所まで運べない場所があることです。

今回の洪水ではTrishuli川沿いを中心に道路や橋が大きく損傷し、谷の奥へ入るルートが各地で寸断されました。

山岳地域では一本の道路が事実上唯一のアクセス路になっていることも珍しくなく、その道路が落ちれば、地図上では数km先に見えている発電所でも簡単には近づけません。

救助隊員や軽い装備ならヘリコプターで運べる場合がありますが、入口を塞ぐ巨大な岩や大量の泥を除去するには大型の掘削機や破砕機が必要になります。

そうした重機は、人をヘリで運ぶようには簡単に空輸できません。

道路を仮復旧させたり、機材を分割して運んだりしながら、救助のための救助ルートを先に造らなければならない現場もあります。

道路や橋の復旧は「救助が終わったあとに行うインフラ工事」ではなく、その先にいる可能性のある人へ近づくための救助活動そのものになっています。

入口だけでなくトンネル内部まで泥が入り込んでいる

発電所へ到達できたとしても、次に待っているのが地下施設内へ入り込んだ泥と瓦礫です。

入口の外側へ土砂が積もっているだけなら、外から順番に取り除けば進めます。

ところが今回の現場では、洪水の勢いによって泥がトンネル内部へ押し込まれたケースが確認されています。

APが取材したドローン操縦者は、一部の内部状況について、チューブの中へ歯磨き粉を詰め込んだように泥が充満しているという趣旨の説明をしています。

こうなると、入口を数m開けても、その先に同じ泥が何十mも続いている可能性があります。

しかも泥の中には、細かな土砂だけではなく、岩、流木、金属部材、建設資材などが混ざっているかもしれません。

地下では作業スペースが限られるため、掘削した泥や岩を横へ寄せるだけでは通路を作れず、外へ運び出す工程まで必要になります。

入口が開いたことと、人がいる可能性のある空間まで道が通ったことは別で、救助隊は「その先がどこまで埋まっているのか」を確認しながら進まなければなりません。

Upper Trishuli-3Aでは地下発電所までのルート確保が難航

地下構造の複雑さがよく分かるのがUpper Trishuli-3Aの救助現場です。

報道では、地下発電所に多数の作業員がいた可能性が指摘され、救助隊は入口の特定や掘削を続けてきました。

ただ、地下発電所の場所が分かっていることと、そこまで安全に到達できることは別です。

途中の坑道へ水や泥が入り込み、大きな岩で通路が塞がれていれば、設計図上ではつながっている場所でも実際には進めません。

また、一つのルートを掘り進めた結果、大量の水が流れ出すなど、その場で状況が変わることもあります。

Upper Trishuli-3Aでは、開けた穴から大量の水が噴き出してその場所から進入できなくなり、トンネル出口側から新しい開口部を造る作業へ切り替えたとネパール軍が報告しています。

場所が分かっていても、現場の水や地盤の状態によっては、予定していたルートを捨てて別方向から入り直さなければならないわけです。

地下発電所が「どこにあるのか分からない」のではなく、「場所は分かっていても、そこまでつながる安全な道が残っていない」ことが救助を難しくしています。

水を抜けば安全になるとも限らない

トンネル内に水がたまっているなら、ポンプで排水すれば進めるように感じます。

排水はもちろん重要ですが、水だけを抜けばすべて解決するわけではありません。

泥や瓦礫が水によって不安定な状態で支えられている場合、水位を急激に下げることで堆積物が崩れる可能性があります。

上流側や別の通路から水が流れ込み続けていれば、排水量より流入量が多くなり、水位そのものが下がらないこともあります。

ポンプも万能ではなく、大量の泥や異物を吸い込めば詰まる可能性があります。

さらに暗い地下では、排水と同時に天井や壁面の亀裂、崩落の兆候まで確認しなければなりません。

水、泥、岩、地盤をそれぞれ別の問題として処理できるのではなく、全部を同時に見ながら進む必要があります。

救助隊自身の退路も残さなければならない

安否不明者へ一秒でも早く近づきたいという焦りがある一方で、地下へ入った救助隊まで閉じ込められれば被害をさらに増やしてしまいます。

そのため、奥へ進むときには常に「戻れる状態を維持できているか」を確認しなければなりません。

前方の泥を取り除いて進んだあと、後方で新しい崩落が起きれば退路を失います。

上流から再び水が流れ込めば、出口方向が冠水する可能性もあります。

換気が悪化して酸素濃度が下がれば、形としては通れるトンネルでも長時間の作業はできません。

地下救助では「どれだけ速く奥へ進めるか」と同じくらい、「進んだ救助隊が確実に地上へ戻れるか」が重要になります。

それでも現場では、ただ危険がなくなるのを待っているわけではありません。

入口を塞ぐ岩を破砕し、泥を掘り出し、その先へドローンを飛ばし、直接到達できない空間へ空気を送るなど、複数の方法を組み合わせながら救助が続いています。

ドローン・爆破・重機・コンプレッサー|実際に行われている救助

では、こうした難しい地下空間に対して、救助隊は具体的にどんな方法で近づいているのでしょうか。

今回の現場では、入口を開けるための爆破から、泥を取り除く大型重機、内部を確認するサーマルカメラ付きドローン、空気を送るコンプレッサーまで、かなり幅広い装備が投入されています。

それぞれに得意な役割があり、一つの機械ですべてを解決するのではなく、作業をつないで少しずつ奥へ進む形です。

巨大な岩を除去するため、爆破やrock breakerを使う

Upper Trishuli-3Aでは、ネパール軍がトンネル入口を特定したあと、進入口を確保するために爆破を伴う作業を行ったと報じられています。

「救助現場で爆破」と聞くとかなり荒っぽく感じますが、人がいる可能性のある空間を無差別に爆破するわけではありません。

入口付近を塞いでいる巨大な岩や構造物を小さくし、重機で運び出せる状態へするために場所を限定して使われます。

同時にrock breakerと呼ばれる油圧式破砕機も使われています。

ショベルカーなどの先端に大型ハンマーのような装置を付け、動かせない巨石を現場で少しずつ砕く機械です。

地下入口のような狭い場所では、巨大な岩を丸ごと持ち上げるよりも、小さくしてから外へ運ぶほうが現実的な場合があります。

爆破や破砕機は「力任せにトンネルを壊す」のではなく、救助隊が通れる幅を安全に作るための工程として使われています。

掘削機で泥とスラリーを外へ出す

岩を取り除いたあとに待っているのが、大量の泥とスラリーです。

スラリーとは、水と細かな土砂が混ざった泥状のものです。

普通の土より流動性があり、人が歩けば足を取られ、重機も沈み込む可能性があります。

Upper Trishuli-3Aなどでは複数の掘削機を使い、泥、水、スラリーを外へ出す作業が続けられています。

地下では掘った泥を横へ避けるだけでは作業場所がなくなるため、入口側へ運び出す工程まで必要になります。

掘削そのものよりも、取り除いた土砂をどこへ出すかがボトルネックになることもあります。

地下救助では「どれだけ速く掘れるか」だけではなく、「掘ったものを外へ出し続けられるか」が進行速度を左右します。

サーマルカメラ付きドローンを地下へ飛ばす

今回の救助で特に注目されているのが、トンネル内部へ投入されているドローンです。

APの報道では、通常のカメラだけでなくサーマルカメラやスピーカーを搭載した機体も使用されています。

サーマルカメラは温度差を検知できるため、真っ暗な地下でも人などの熱源を見つけられる可能性があります。

また、人が入るには危険な区間へ先にドローンを飛ばせば、崩落、泥、水、通路の幅などを確認する偵察にも使えます。

スピーカーを使って呼びかけを流し、声や物を叩く音などの反応がないか探る方法も取られています。

人が直接進む前に情報を集められるという意味では、地下救助との相性がかなり良い装備です。

それでもドローンだけでは地下を全部探せない

便利なドローンがあるなら、「トンネルの奥まで全部飛ばして調べればいいのでは?」とも思います。

ところが地下では、地上で当たり前に使える機能の多くが制限されます。

まずGPSが使えません。

厚い岩盤の下では衛星からの信号が届かないため、機体自身のセンサーやカメラ映像を頼りに操縦する必要があります。

さらにトンネルが曲がったり、厚い岩やコンクリートを挟んだりすると、操縦信号や映像を送る電波も弱くなります。

泥で通路が塞がれていれば、そもそも機体が通れる隙間がありません。

サーマルカメラについても、人が泥や瓦礫の奥にいれば熱が遮られて検知できない場合があります。

ドローンでできること 地下での限界
暗い場所を映像で確認 泥や瓦礫で物理的に通れない
熱源を探す 岩や泥の奥にいる人は検知できない場合がある
スピーカーで呼びかける 距離や閉塞によって音が届かない
人より先に危険区間を偵察 曲がり角や岩盤で通信が切れる可能性がある
位置を確認しながら飛行 地下ではGPSを使えない

ドローンで反応が確認できなかったからといって、その先に誰もいないと判断できるわけではありません。

音による呼びかけも重要な捜索手段になる

最新のサーマルカメラと並んで使われているのが、声や音を利用する方法です。

地下では携帯電話がつながらず、無線も届きにくいため、生存者がいたとしても通常の通信手段で連絡できない可能性があります。

そこで救助隊やドローンから声を出し、金属を叩く音や壁を叩く振動などの反応を探します。

こうした方法は鉱山事故やトンネル崩落でも使われてきました。

ただし、反応がなかったとしても、けがをして動けない、距離が遠い、泥や岩に音を遮られている可能性があるため、生存者がいないという結論には直結しません。

Upper Trishuli-3Aでは外から空気を送り込む

Upper Trishuli-3Aでは、コンプレッサーを使ってトンネル内部へ空気を送り込む作業も行われています。

地下で換気が止まり、外との通気が悪くなっている場合でも、開口部やホースを利用して空気を送り込める可能性があります。

ただし、ここは誤解しないようにしたいところです。

空気を送っていること自体は、その先で生存者が確認されたことを意味しません。

直接到達できない空間に人が残っている可能性を考え、少しでも内部環境を維持するために行われている措置と見るのが適切です。

途中が完全に泥で塞がれていれば、送り込んだ空気が目的の空間まで十分に届かない可能性もあります。

現場では「掘る・探す・生存環境を残す」を同時に進めている

今回使われている装備を整理すると、救助活動の狙いがかなり分かりやすくなります。

救助手段 主な役割
爆破・rock breaker 入口や進路を塞ぐ大きな岩を除去できる状態にする
掘削機 泥、岩、瓦礫を取り除き通路を確保する
排水設備 水やスラリーをトンネル外へ出す
ドローン 内部状況や閉塞を確認し、人の手掛かりを探す
サーマルカメラ 温度差を使って熱源を探す
スピーカー 呼びかけを行い、生存者からの反応を探す
コンプレッサー 直接到達できない空間への空気供給を試みる

こうして見ると、現場では単純に最短距離で奥へ掘り進んでいるわけではありません。

進路を開けながら、その先を探り、もし人が残っているなら生存できる環境を少しでも維持するという三つの作業を並行して進めています。

それでも発災から日数がたつと、どうしても気になってくるのが「これだけ時間が経過しても生存の可能性はあるのか」という点です。

1週間たっても生存可能性はある?「72時間」だけでは判断できない

災害報道でよく耳にするのが「72時間の壁」という言葉です。

今回も発災から1週間が過ぎるなかで、「もう時間がたちすぎているのでは」と感じる人は多いと思います。

ただ、地下空間での生存可能性は経過時間だけで単純に決められるものではありません。

同じ1週間でも、完全に水没した場所と、乾いた空洞が残り空気や水を確保できる場所では条件がまったく違います。

地下救助では「何時間たったか」に加えて、呼吸できる空気、飲める水、空洞、体温、負傷状態といった条件を合わせて見る必要があります。

「72時間の壁」は重要だが絶対的な期限ではない

災害時の72時間は、救助の優先度や生存可能性を考えるうえで重要な目安です。

時間がたつほど脱水、低体温、負傷の悪化、持病への影響などが大きくなり、条件が厳しくなるのは事実です。

ただし、72時間を超えた瞬間に生存可能性がゼロになるわけではありません。

特に地下施設では、外部からの直接的な濁流を避けられた空間や、空気が残っている区画が存在する可能性があります。

反対に、短時間でも大量の泥や水に巻き込まれれば非常に厳しい状態になることがあります。

「72時間を超えたからもう助からない」と決めつけるのも、「地下なら長期間大丈夫」と考えるのも、どちらも実際の条件を単純化しすぎています。

生存を左右するのは空気・水・空間・体温・負傷状態

地下で長時間取り残された場合、特に重要になるのが次の条件です。

条件 重要になる理由
呼吸できる空気 換気が止まると酸素不足や二酸化炭素濃度の上昇が問題になる
飲める水 長時間の生存では脱水を防げるかが大きく影響する
泥や水に埋まっていない空間 身体を動かし呼吸できる場所が残っているかが重要になる
体温を維持できる環境 濡れた状態が続けば低体温症の危険が高まる
負傷状態 出血や頭部外傷などがあれば早い段階で医療が必要になる

この中でも、空気と水は長期化した場合に大きな条件になります。

トンネルの一部に空洞が残り、外部とわずかでも通気が続いていれば、呼吸できる環境が維持される可能性があります。

一方で洪水後の地下に水があったとしても、泥、燃料、油などで汚染されていれば飲料水として利用できるとは限りません。

地下に空間が残っていることと、そこで長時間生存できる環境が残っていることは同じではありません。

空洞が残っている場所を見つけることが重要になる

洪水によって泥が流れ込んでも、トンネル全体が完全に埋まるとは限りません。

曲がり角、設備室、地下発電所、天井の高い区画などに空間が残る可能性があります。

そこへ退避できていた場合には、濁流を直接受けずに済んだ可能性もあります。

ただし空洞があっても、空気がどれだけ残っているか、水を確保できるか、内部温度がどうなっているかという問題は残ります。

救助側が探しているのは人の反応だけではなく、「人が生きていられる可能性のある空間がどこに残っているか」という情報でもあります。

地下では体温と負傷状態も無視できない

洪水時に衣服が濡れたままになれば、身体から熱を奪われやすくなります。

地下は外気より温度が安定している場合もありますが、濡れた状態や疲労、負傷が重なれば体温維持が難しくなる可能性があります。

さらに骨折、出血、頭部外傷などがあれば、同じ場所で同じ時間を過ごしていても生存条件は大きく変わります。

日常的に薬が必要な持病を持つ人にとっては、薬を使えない状態が長期化することも問題になります。

「人は地下で何日生きられる」という一つの数字があるのではなく、一人ひとりの負傷状態と周囲の環境が重なって条件が決まります。

2023年インドでは41人が17日後に全員救出された

地下救助の比較事例として知られているのが、2023年にインド北部で起きたSilkyaraトンネル崩落事故です。

建設中の道路トンネルが崩落し、41人の作業員が内部に閉じ込められましたが、最終的に17日後に41人全員が救出されました。

この事例だけを見れば、「1週間を超えたら絶対に助からない」とは言えないことが分かります。

ただし、今回のネパール洪水と条件はかなり違います。

Silkyaraでは作業員がいる空間を把握でき、パイプを使って酸素、水、食料、薬などを送り込むことができました。

通信も確保され、生存が確認された状態で救出ルートの工事を続けられました。

今回のネパールでは、安否不明者の正確な位置すら確認できていない施設があります。

Silkyaraの17日後救出は重要な事例ですが、「17日なら今回も大丈夫」という意味ではなく、空気、水、通信、位置確認の有無で地下救助の条件は大きく変わります。

反応がないことと、生存者がいないことは同じではない

ドローンやサーマルカメラ、音による呼びかけで反応が確認できないという情報を見ると、不安になるのは当然です。

ただし、人が泥や壁の奥にいれば熱を検知できない場合があります。

距離が遠すぎれば声が届かず、けがや疲労によって反応できない可能性もあります。

もちろん時間が経過するほど状況が厳しくなることも無視できません。

だからこそ、反応がないことを楽観視するのも、そこから死亡を断定するのも避ける必要があります。

確認できていない空間を一つずつ減らし、直接確認できる場所を増やしていくことが現在の捜索で重要になります。

時間との勝負だからこそ、救助隊の安全も外せない

救助までの時間が短いほど、脱水、低体温、負傷の悪化などのリスクを減らせる可能性があります。

だから現場では複数の作業を並行して進めています。

一方で、救助隊まで崩落や再浸水に巻き込まれれば、その先の捜索自体が止まります。

「一刻も早く救助したい」という切迫感と、「救助隊まで巻き込まない」という慎重さを同時に求められることが、地下救助の最も厳しいところです。

そして、この救助が長期化するなか、ネパール国内では「もっと早くトンネル専門家を投入できなかったのか」という別の議論も起きています。

救助は遅かったのか?家族・トンネル専門家から出る批判

救助現場の難しさを考えてもなお、「準備や専門家投入に改善できる部分はなかったのか」という疑問は残ります。

安否不明者の家族やトンネル技術者からは、初期段階でもっと専門的な対応ができたのではないかという批判が出ています。

一方で政府側は、道路寸断や複数施設の同時被災という極めて難しい状況の中で、国内外の専門チームを順次投入していると説明しています。

ここは救助隊の努力と、救助体制そのものに改善余地があったかどうかを分けて考える必要があります。

家族はわずかな情報から捜索場所を探している

安否不明者の家族にとって重いのは、生死が分からないだけではありません。

「どこにいるのか」「どこを探しているのか」が分からない状態で日数だけが過ぎていくことです。

現地報道では、家族が携帯電話の最後の通信記録や同僚から聞いた目撃情報まで集め、少しでも捜索場所を絞ろうとしている様子が伝えられています。

洪水後もしばらく電話の信号が確認されたケースでは、地下へ逃れていたのではないかと考える家族もいます。

ただ、携帯電話の接続記録だけではトンネルのどの区画にいたのか、生存しているのかまでは分かりません。

家族側の不満は「もっと速く掘ってほしい」というだけではなく、限られた手掛かりをもっと早く専門的な捜索へ結びつけられなかったのかという部分にも向いています。

トンネル専門家は初期段階からの技術者投入を求めた

Nepal Tunnelling Associationなどの専門家からは、今回のような地下施設災害では、一般的な救助隊だけでなくトンネル構造を理解する技術者を早い段階から組み合わせる必要があったという指摘が出ています。

地下施設では、入口の場所だけでなく、どの坑道がどの設備へつながっているのか、勾配はどうなっているのか、別方向から接近できる場所はあるのかといった情報が救助判断に影響します。

その発電所を実際に建設した技術者や施工会社なら、図面だけでは分からない現場情報を持っている場合もあります。

また、泥やスラリーの除去方法などについて、専門家側から出した提案が十分に反映されなかったという趣旨の批判も報じられています。

問われているのは救助隊が努力したかどうかではなく、特殊な地下構造を持つ現場へ、必要な専門知識を最初から十分に組み込めたかという体制面です。

トンネルを造る技術と、事故後に救助する技術は同じではない

ネパールには長年の水力発電開発があり、数km級のトンネルを建設できる技術者や企業も存在します。

それでも今回の救助が難しいのは、トンネル建設と地下災害救助では求められる能力が違うからです。

通常の建設では地質を調べ、計画した方向へ少しずつ掘削しながら補強できます。

災害時には、すでに壊れた地下空間へ入り、どこまで安全か分からない状態で人のいる可能性が高い場所へ短時間で到達しなければなりません。

しかも救助中にも水位や崩落状況が変わります。

通常のトンネル建設 災害時の地下救助
設計と工程に沿って掘削する 崩落後の状態を現場で判断しながら進む
施工速度と安全を計画的に管理する 人命と救助隊の安全を同時に考える
必要設備を計画的に搬入する 道路寸断下で急いで機材を運び込む
水や土砂を管理しながら施工する すでに大量の水・泥が入り込んだ状態から始まる
作業員の位置を把握できる 要救助者の位置自体が分からない場合がある

「長いトンネルを造れるなら救助もできるはず」とはならず、地下災害救助には別の装備、訓練、指揮系統が必要になります。

海外の専門チームをもっと早く使えなかったのかという批判も

技術者だけではなく、政治の側からも専門的な海外支援の投入時期について批判が出ています。

数百人規模の地下捜索が必要になった今回のようなケースでは、「国内だけで対応できるか」をどの時点で判断するかが重要になります。

ただし、外国チームを呼べば翌朝そのまま地下へ入れるというほど単純でもありません。

入国、装備の搬送、現地部隊との連携、通訳、安全管理、担当現場の割り振りなどの調整が必要です。

そのため、批判のポイントは外国支援を使ったかどうかより、どの時点で専門支援が必要だと判断し、現場へ投入する準備を始めたのかにあります。

政府はインド・中国などの専門チームを投入

現在の救助では海外の専門支援も実際に使われています。

インドや中国からトンネル救助の専門要員が被災した水力発電施設へ入り、ネパール側の救助隊や技術者と合同で作業しています。

韓国からも支援チームが派遣されるなど、国際的な支援は拡大しています。

ネパール側はトンネル救助以外にも、高性能ドローン、LiDAR、仮設橋、DNA鑑定設備などの支援を国際社会へ求めています。

したがって現状を「ネパール政府が外国救助隊を受け入れていない」と説明するのは正確ではなく、海外支援は入っている一方で、その投入時期や初動が十分だったのかが議論になっています。

専門家が入っても、地下の泥や岩はすぐには消えない

ここも分けて考える必要があります。

トンネルの専門家を投入すれば、翌日に地下発電所へ到達できるわけではありません。

専門家の役割は、無理に速く掘ることではなく、どのルートなら安全に進めるのか、どこから排水するべきか、別の開口部を造れるかといった判断を助けることです。

場合によっては、「この方向から進むのは危険だから一度止める」という判断こそが専門家の価値になります。

そのため、専門家投入への批判があることと、現在の救助が物理的に極めて難しいことは両立します。

今回見えたのは「地下救助を事前に準備する必要性」

今回の議論を、誰の初動が悪かったのかという話だけで終わらせると、大きな教訓を逃します。

ネパールでは水力発電所と長大な地下トンネルが増えています。

そうであれば、それと同時に「多数の作業員が地下にいる状態で洪水や崩落が起きたらどう救助するか」まで準備しておく必要があります。

複数の発電所が一度に被災すれば、トンネル技術者、地下救助隊、大型重機、換気装置、通信設備、ドローンを同時に複数現場へ投入しなければなりません。

その規模は、通常の一件の労働災害を想定した救助体制とはかなり違います。

水力発電という巨大地下インフラを増やすなら、その建設能力と同じように、地下で事故が起きたときの救助能力も一緒に増やす必要があります。

救助計画も発電所の「設備」の一部として考える

今後は、災害が起きてから入口の位置や作業員の居場所を確認するのではなく、平時から救助機関と情報を共有しておく考え方が重要になります。

作業員がどの区画にいるのかを把握できる仕組み、地上通信が切れても使える地下通信、複数の退避ルート、救助隊が利用できる図面や座標情報があれば、初動を短縮できる可能性があります。

軍、警察、消防、発電事業者、トンネル技術者が合同訓練を行えば、災害発生後に「誰が何を担当するか」から決める必要も減ります。

発電所の安全性は「壊れない構造」だけで決まるのではなく、「壊れたあとに人をどう助けるか」まで含めて考える必要があります。

ただ、ここまで救助の難しさを見てくると、さらに根本的な疑問も残ります。

これほど洪水や斜面崩壊の危険があるヒマラヤの谷に、なぜネパールは多くの水力発電所を造っているのでしょうか。

次のPARTでは、その一見矛盾する関係から、今回の洪水がネパールの電力供給へ与えた影響、そして今後の水力発電所に必要な設計までつなげます。

 

なぜネパールは危険な谷に水力発電所を造るのか

ここまで救助の難しさを見てくると、「そもそも洪水や斜面崩壊の危険がある谷に、なぜこれほど多くの水力発電所を造っているの?」という疑問が残ります。

今回の被害だけを見れば、もっと穏やかな場所に発電所を造ればよかったようにも感じます。

ただ、ネパールの水力発電は、危険な地形を無視してたまたま谷へ集中したわけではありません。

ヒマラヤから一気に流れ下る大量の水と、短い距離で大きく標高が変わる地形そのものが、水力発電にとって非常に大きな資源になっています。

そしてネパールにとって水力発電は、国内の電気を作るだけではなく、産業、経済成長、国外への電力輸出まで支える重要な国家インフラへ育ってきました。

今回の洪水が突きつけた難しさは、「危険な場所に発電所を造ってしまった」という単純な話ではなく、発電に有利な地形と、洪水や土石流に弱い地形がほぼ同じ場所に重なっていることです。

ヒマラヤの急流と高低差は、水力発電には非常に大きな武器になる

水力発電で重要になるのは、水の量だけではありません。

どれだけ多くの水を、どれだけ大きな高低差で落とせるかによって、取り出せるエネルギーが大きく変わります。

ネパールは北側にヒマラヤ山脈を抱え、そこから南へ向かって国土の標高が急激に下がっています。

雪や氷河、モンスーンの雨によって供給された水は、深い谷を通りながら短い距離で一気に標高を下げていきます。

この条件は、水力発電にとってかなり有利です。

同じ量の水でも、ほとんど高低差がない平地をゆっくり流れる川より、高い場所から低い場所へ勢いよく落ちる川のほうが大きなエネルギーを取り出せます。

そのため、川の途中から水を取り込み、山の内部へ導水トンネルを通し、最後に大きな高低差を使って地下発電所へ落とす方式が使われます。

ヒマラヤの「水が多い」「谷が深い」「標高差が大きい」という特徴は、人が道路や街を造るには厳しい一方、水力発電ではそのまま大きな強みになります。

巨大ダムだけではなく、川の高低差そのものを利用する

水力発電というと、山あいへ巨大なダムを造って湖へ水をためる姿を想像する人も多いと思います。

ネパールではもちろんダムを使う計画もありますが、多くの発電所で採用されているのが、川の流れの一部を取り込んで発電するRun-of-River型です。

この方式では、巨大な貯水池を必ずしも必要とせず、川から取り込んだ水をトンネルで運び、自然の高低差を利用します。

山岳地帯では、川そのものは谷に沿って大きく曲がっています。

そこで山の内部をトンネルでショートカットすると、同じ川の上流と下流にある標高差を効率よく使えるようになります。

ネパールで何kmもの導水トンネルが造られるのは、そのためです。

水力発電は「発電方法の一つ」ではなく、ネパールの電力供給の中心

もう一つ重要なのが、ネパールの電源構成です。

ネパールでは国内で供給される電力の大部分を水力発電が担っていて、水力は数ある発電方法の一つというより、電力システムそのものの中心にあります。

水力発電が止まれば、一つの業界が被害を受けるだけではなく、国全体の電力供給へ直接影響します。

しかも人口増加や都市化、産業の成長によって、国内の電力需要も増えてきました。

かつてのネパールでは発電能力が需要に追いつかず、長時間の計画停電が大きな社会問題になった時期があります。

そこから水力発電所や送電網への投資が進み、国内の電力事情は大きく改善してきました。

ネパールにとって水力発電所を増やすことは、単に発電設備を増やすのではなく、電力不足から抜け出し、都市や産業を支える国家的なインフラ整備でした。

余った電気をインドなどへ売る輸出産業にもなった

近年、水力発電の意味は国内消費だけではなくなっています。

雨が多く川の流量が増える時期などには、国内で使い切れない電力を周辺国へ輸出できるようになりました。

特に大きな市場になっているのがインドです。

さらにバングラデシュへの電力輸出も始まり、水力発電は外貨を稼ぐ産業としての存在感を増しています。

Reutersによると、2026年7月までの1年間では、電力がネパールの輸出額全体のおよそ1割を占めるまで成長していました。

以前は国内で使う電気そのものが不足していた国が、余剰電力を海外へ売る側へ変わってきたわけです。

水力発電がネパールにもたらすもの 具体的な意味
国内電力 家庭、企業、交通、公共インフラへ電気を供給する
産業基盤 電力不足を減らし、工場やサービス業の成長を支える
輸入燃料依存の抑制 国内の水資源を使うことでエネルギー輸入を減らせる
電力輸出 インドなどへ余剰電力を販売できる
外貨獲得 電力販売によって国外から収入を得られる

「災害リスクがあるなら水力発電をやめればいい」と簡単に言えないのは、水力発電がネパールの電気だけでなく、経済成長や輸出戦略まで支えるようになっているからです。

発電に有利な深い谷が、洪水時には弱点へ変わる

そして、この強みが今回の洪水ではそのまま弱点へ変わりました。

水力発電に有利なのは、水量が多く、短い距離で大きな高低差を確保できる深い谷です。

ところが巨大洪水や土石流が発生すれば、その谷は大量の水、岩、泥を下流へ集める通り道になります。

深い谷では道路、橋、発電所、送電設備を設置できる場所も限られるため、川の周辺へ重要インフラが集中しやすくなります。

そこへ大規模な濁流が流れ込めば、一つの発電所だけではなく、道路、橋、送電線まで同時に被災する可能性があります。

発電所が川の近くにあることは水力発電の仕組みから考えれば自然ですが、その「川に近い」という条件が巨大洪水のときには最大の弱点にもなります。

問題は「水力発電をやめるか」ではなく「どう造るか」

今回のような大災害を見ると、水力発電開発そのものに疑問を持つのは自然です。

ただ、ネパールが短期間で水力発電をやめ、同じ量の電気を別の方法ですべて置き換えるのは現実的ではありません。

化石燃料を増やせば輸入依存や温室効果ガス排出という別の問題が出てきます。

太陽光や風力を増やす選択肢もありますが、天候や時間帯による変動があるため、水力を完全に置き換えるというより、複数の電源を組み合わせる方向が現実的です。

だからこそ今回問われるのは、水力発電を捨てるかどうかではなく、これまでと同じ災害想定のまま巨大な地下インフラを増やしてよいのかという部分です。

そして今回、その問題は将来の仮定ではなく、実際の電力供給にも表れました。

発電能力10%喪失|ネパールは電力輸出国から輸入国へ

今回の洪水が深刻なのは、救助現場だけではありません。

水力発電所が集中する地域を洪水が直撃したことで、ネパール全体の電力供給にも大きな影響が出ています。

9月初めまでの報道では、洪水によって影響を受けた発電能力は合計で431MW超に達し、ネパール全体のおよそ10%に相当するとされています。

しかも被害を受けたのは、すでに運転していた発電所だけではありません。

今回の洪水は、現在使っている電力だけでなく、これから増えるはずだった発電能力や、電気を送るための送電インフラまで同時に傷つけました。

431MW超が影響を受け、全国の発電能力のおよそ1割に

ネパール側の発表やReutersの報道では、今回の洪水によって影響を受けた発電能力は431MWを超えています。

全国の設備能力から見ても無視できない規模で、およそ10%に相当します。

ただし「10%の発電所が止まったから、10%の家庭が停電する」という単純な話ではありません。

電力システムでは複数の発電所が同時に電気を供給し、不足分を別の発電所や輸入電力で補うことができます。

問題は、供給側に持っていた余裕が一気に小さくなることです。

別の発電所が故障したり、送電線へ障害が出たりしたときに使える予備が減ります。

また、水力発電では発電機自体が無事でも、取水口や導水路へ土砂が入れば通常運転できないことがあります。

431MWという数字は、発電機だけの故障ではなく、水を取り込み、発電し、それを送る一連のシステムが広い範囲で影響を受けた結果として見る必要があります。

建設中15プロジェクト、約470MWにも物理的被害

さらに重いのが、建設中の水力発電プロジェクトへの被害です。

現地報道では、建設中の15プロジェクトにも物理的な被害が出ていて、それらを合わせた発電規模は約470MWとされています。

建設中の施設はまだ電気を供給していないため、現在の需給不足へそのまま反映されるわけではありません。

ただ、完成時期が遅れれば、本来なら数年後に増えるはずだった発電能力が先送りされます。

トンネルの掘り直し、橋や道路の再建、流された設備の再調達、災害想定の見直しまで必要になれば、建設費も膨らみます。

運転中の設備への影響に加えて、建設中約470MWまで被災したことで、今回の洪水は「今の電力」と「将来の電源開発」の両方へ傷を残しています。

変電所・送電線・鉄塔まで被災した

電気は発電所で作っただけでは利用できません。

都市や工場まで送るには、変電所と送電線が必要です。

今回の洪水では、Trishuli地域の220kV 3B Hub変電所をはじめ、220kV、132kV、66kVの送電設備や鉄塔にも被害が出たと報じられています。

変電所は発電所から送られてきた電気の電圧を変換し、複数の送電線へ振り分ける重要な中継地点です。

一つの変電所が使えなくなれば、そこへ接続している複数の発電所が発電できても、その電気を外へ送り出せない可能性があります。

被害を受ける設備 起きる問題
発電所 電気そのものを作れなくなる
取水・導水設備 発電所へ水を送れなくなる
変電所 電圧変換や電力の振り分けができなくなる
送電線・鉄塔 作った電気を他地域へ運べなくなる
道路・橋 修理用の人員や大型機材を現場へ運べなくなる

今回の洪水では「発電所が壊れた」という一言では足りず、発電から送電、さらに修理へ向かうアクセスまで連鎖的に被災しています。

洪水前はインドへ電力を売る側だった

今回の変化が分かりやすいのが、インドとの電力取引です。

近年のネパールは水力発電所の増加によって、雨季を中心に余剰電力をインドへ輸出していました。

つまり洪水前は、季節によっては「国外から電気を買わないと足りない国」ではなく、「余った電気を売って外貨を稼ぐ国」へ変わっていました。

ところが今回、多数の発電設備が影響を受けたことで状況が逆転しました。

輸出を止め、インドから電気を買う側へ

Reutersによると、洪水による発電能力の低下を受け、ネパールはインド向け電力輸出を停止し、国内需要を補うため逆にインドから電気を輸入しています。

これは単なる貿易統計上の変化ではありません。

本来なら国外へ売って得られるはずだった収入が減る一方で、不足する電力を買うための支出が発生します。

今回の洪水は、ネパールを一時的に「電力を売って稼ぐ側」から「国内需要を守るため電力を買う側」へ逆転させました。

全国停電ではなくても、電力システムの余裕は小さくなる

発電能力の約10%が影響を受けたからといって、国全体がそのまま停電するわけではありません。

別の発電所や輸入電力で不足分を補うことができるためです。

ただし、供給余力が小さくなることは無視できません。

特に水力発電中心の国では、同じ洪水や豪雨によって複数の発電所が同時に影響を受ける可能性があります。

今回の災害は、その「同時被災」のリスクを実際に見せました。

復旧費用だけでなく、今後の投資判断にも影響する

今後の負担は、壊れた設備を修理する費用だけでは終わりません。

発電所、トンネル、道路、橋、変電所、送電線などを同時に復旧する必要があります。

建設中の施設では、設計変更や工期延長が必要になる可能性もあります。

さらに金融機関や海外投資家が「同じ谷へ今までと同じ条件で投資してよいのか」と慎重になれば、新しい発電所の資金調達へ波及することも考えられます。

今回の洪水は、現在の設備をどれだけ修理するかだけではなく、「これから造る発電所をどのリスク想定で評価するか」という投資の前提そのものへ影響する可能性があります。

では、この災害を受けて、これから造る水力発電所は具体的にどう変わる必要があるのでしょうか。

今回の洪水で水力発電所の設計は変わるのか

今回の災害を「非常に大きな洪水だった」で終わらせれば、同じ弱点が次の発電所にも残ります。

必要になるのは、発電設備そのものを強くするだけではなく、今回実際に起きた問題を一つずつ次の設計へ反映することです。

入口が塞がれたなら別の退避路を考える、通信が切れたなら独立通信を持たせる、道路が一本しかなかったなら救助用の代替ルートを考えるというように、災害後に困ったことを平時の設計へ戻していく必要があります。

これから問われるのは「絶対に壊れない発電所を造れるか」だけではなく、「壊れたときでも人を逃がし、助け、電力を別の経路でつなげられるか」です。

過去の河川データだけでは将来のリスクを読み切れない

水力発電所を設計するときには、過去の洪水記録、河川流量、降雨量、土砂移動などを調べて災害規模を想定します。

ただ、水力発電所は数十年単位で利用するインフラです。

その間に上流の氷河、永久凍土、斜面、降水パターン、土砂の量などが変化すれば、建設時の想定と将来のリスクがずれる可能性があります。

Reutersが取材した専門家からも、山岳地域では過去の河川データだけを使って将来のリスクを評価することが難しくなっているという指摘が出ています。

ただし、今回の災害を単純に「気候変動が直接起こした」と断定することはできません。

重要なのは原因を一つに決めることではなく、過去より大きな洪水や土砂移動が起こる可能性まで含めて、余裕を持った設計を考えることです。

上流の異変を発電所へ届く前に知る

巨大洪水そのものを止められなくても、数分でも早く異変を知ることができれば、作業員を地下から出す時間を増やせる可能性があります。

そのため、発電所前の水位だけを見るのではなく、上流域全体を監視する仕組みが重要になります。

  • 上流河川の水位・流量センサー
  • 斜面変位の監視
  • 降雨・積雪・融雪データ
  • 衛星画像
  • 地震計・振動センサー
  • 国境を越えた水文データ共有

今回のように国境を越えて洪水が流れてくる地域では、国内の観測だけで完結しません。

ネパールが以前から求めてきた中国側との上流水文データ共有も、今後さらに重要になります。

入口が塞がれたなら、避難ルートを一方向に頼らない

今回の救助では、アクセス坑道や道路が塞がれたことで地下施設へ近づけない状況が起きました。

これはそのまま、作業員の避難にも当てはまります。

一つの入口、一つの川沿い道路だけに依存していれば、その場所が失われた瞬間に逃げ道も救助ルートも同時になくなります。

すべての施設で大型の第二道路を造れるわけではありませんが、非常用坑道、高所へ抜ける緊急出口、別方向から救助隊が接近できるルートなどを事前に検討する余地があります。

通信が切れたなら、地下専用の独立通信を持たせる

今回の捜索では携帯電話の最後の通信記録が重要な手掛かりになるケースがありました。

ただ、巨大な地下施設の安全を携帯電話の接続状況だけに頼るのは十分ではありません。

地上通信網が壊れても使える坑内有線通信、非常用無線中継器、作業員の位置を記録できるシステムなどがあれば、災害直後の安否確認を早められる可能性があります。

数百人が働く地下施設では、災害後に「誰が中にいるか」を調べ始めるのではなく、平時から最終位置を把握できる仕組み自体を安全設備として考える必要があります。

救助まで待てる安全区画を地下に持たせられるか

今回、Upper Trishuli-3Aでは外部から空気を送り込む作業が行われています。

この状況を逆に考えると、地下施設へ最初から非常時の退避区画を用意しておくという発想につながります。

外部から独立した換気、飲料水、非常照明、通信、医療用品などを備えた場所があれば、出口が塞がれた場合でも救助までの時間を稼げる可能性があります。

鉱山や長大トンネルでは、緊急時に一時退避する安全区画を設ける考え方があります。

水力発電所でも、地下発電所や長時間作業する区画など、優先度の高い場所へ同様の考えをどこまで取り入れるかが論点になりそうです。

送電線や道路も「一つ壊れたら終わり」にしない

今回の被害は、発電所が無事でも道路や送電線が失われれば機能を続けられないことを示しました。

そこで必要になるのが冗長性です。

冗長性とは、一つの設備が使えなくなっても、別のルートや設備で機能を維持できるようにする考え方です。

主要発電所を複数の送電ルートへ接続したり、緊急時に高所側からアクセスできる道路を確保したりできれば、一か所の被災で全体が止まるリスクを減らせます。

水力発電だけに依存しすぎない電源構成も必要になる

発電所単体の対策だけでなく、国全体の電源構成を分散させることも一つの方法です。

同じ河川流域にある水力発電所が一度に被災すれば、水力中心の電源構成そのものが共通リスクになります。

太陽光、蓄電池、小規模分散電源などを増やし、水力発電所が一時的に停止しても国内需要を補える余裕を持たせれば、洪水時だけでなく渇水時にも対応しやすくなります。

これは水力発電を捨てるという話ではなく、水力の強みを残しながら、一つの災害で国全体が苦しくなる集中リスクを減らす考え方です。

これから必要なのは「変化する山」を前提にした発電所

将来どの谷で、どの規模の災害が起きるかを完全に予測することはできません。

だからこそ、「過去最大の洪水に耐えられれば安全」という設計だけではなく、それを超えたときにどう被害を小さくするかまで考える必要があります。

発電所を完全に壊れなくすることは難しくても、作業員を早く避難させることはできるかもしれません。

入口が塞がれても、別ルートを残せるかもしれません。

地上通信が切れても、地下との連絡を維持できるかもしれません。

一つの送電線が失われても、別系統から電気を送れるかもしれません。

これからの水力発電に求められるのは、「災害が起きないこと」を前提にした設備ではなく、「災害が起きても人命と電力システムをできるだけ早く立て直せる設備」なのかもしれません。

ネパール洪水の水力発電所救助についてよくある疑問

最後に、今回の水力発電所とトンネル救助について、ニュースを見たときに特に疑問になりやすいポイントを簡潔に整理します。

9月2日時点の最新報道では、9月1日午前9時の当局集計をもとに、水力発電施設関連で639人がなお安否不明とされています。

水力発電所では現在何人が安否不明なの?

9月2日時点の報道では、水力発電施設に関係する作業員について279人が救助され、639人の安否がなお確認できていないとされています。

ただし、救助や名簿照合が進むにつれて数字は変化する可能性があります。

災害直後の「約900人」と、9月2日時点の「639人」は同じ時点の数字ではありません。

約500人は本当にトンネルの中にいるの?

約500人全員の位置がトンネル内部で確認されているわけではありません。

洪水発生時の勤務場所や最後に確認された位置などから、複数のトンネルや地下施設内にいた可能性があるとみられた人の規模です。

洪水で流された可能性や、別の場所へ移動している可能性を排除できない人もいます。

「約500人がトンネル内」という表現は、生存位置が確認された人数ではなく、地下施設内にいた可能性がある人が多数いるという意味で受け取る必要があります。

発災から1週間たっても生存している可能性はある?

経過時間だけで生存可能性を断定することはできません。

呼吸できる空気、飲める水、泥や水に埋まっていない空洞、体温、負傷状態などによって条件が大きく変わります。

「72時間」は重要な目安ですが、72時間を超えた瞬間に生存可能性がゼロになるわけではありません。

一方、時間がたつほど脱水や低体温、負傷の悪化などのリスクは大きくなるため、救助が時間との勝負であることも変わりません。

なぜサーマルカメラ付きドローンでも見つけられないの?

トンネル内部ではGPSが使えず、曲がり角や厚い岩盤によって操縦電波も届きにくくなります。

泥や瓦礫で通路そのものが塞がれていれば、ドローンもその先へ進めません。

人が泥や岩の奥にいれば、サーマルカメラでも熱を検知できない可能性があります。

そのため、ドローンで反応が見つからなかったからといって、その先に誰もいないと判断することはできません。

まとめ|「発電に最適な地形」が救助では最大の難所になった

今回のネパール洪水で起きている水力発電所のトンネル救助を追っていくと、単なる「地下に人が閉じ込められた事故」ではないことが見えてきます。

ヒマラヤの急流と大きな高低差を電気へ変えるため、ネパールでは山の内部へ何kmもの導水トンネルや地下発電所が造られてきました。

その巨大な地下インフラを建設し、運転するために多くの人が働いています。

ところが巨大洪水が起きると、発電に有利だった深い谷がそのまま濁流の通り道へ変わります。

発電所だけではなく、道路、橋、入口、地下通路、送電設備まで同時に壊れれば、人がいる可能性のある場所へ近づくこと自体が難しくなります。

今回の災害で最も象徴的なのは、「発電に有利な地形」と「災害時に救助を難しくする地形」が同じだったことです。

ネパールにとって水力発電を簡単に手放すことはできません。

だからこそ今後は、発電所本体の強度だけではなく、上流警報、避難、地下通信、救助経路、非常用空気、道路、送電網まで含めて一つのシステムとして考える必要があります。

「山の水をどう電気へ変えるか」だけではなく、「その山が想定を超えて動いたとき、人と電力をどう守るのか」まで設計できるか。

今回の洪水は、ネパールの水力発電開発にその課題を突きつけています。

参考リンク

この記事では、ネパール側の救助情報、発電事業者の公式資料、Reuters、AP、The Kathmandu Postなどの報道をもとに、2026年9月2日時点の状況を整理しています。

 

スポンサーリンク